20160721

neco論で経済 第9回

 

「英国EU離脱のインパクト」

              望月直躬

 

2016年6月23日のイギリスのEU残留・脱退を問う国民投票で、脱退派が約4%ポイント上回り多数をしめ、全世界がその結果驚いた。

 

91年の冷戦終結後、世界を突き動かしてきたプリンシプルは、グローバル化とナショナリズムだった。

矛盾する2つのベクトルが相容れないところにまでヒートアップしてきたのが、近年の世界情勢だ。

グローバル化がもたらした先進世界での格差拡大に、民族紛争や移民問題などが重なり、事態は複雑化。

トランプ氏の異様な台頭ぶりもその縮図の一つだが、

Brexitは半世紀もかけて積み上げてきた欧州の構図に現実的な転換を迫るだけに、収拾策が注目される。

 

 

EUは域内分業が深化。

◆EUでは当初は地域特性に応じた産業間分業が進展すると予想していたが、逆に同一産業内での水平的、垂直的な取引が進行。

◆域内では産業内貿易が約60%を占め、内訳は垂直的な取引が水平的な取引を上回っている。自動車メーカーなどが域内にサプライチェーンを広げてきたことを物語っている。

◆とりわけユーロ導入以降、域内での為替取引リスクが解消されたことで、企業のアウトソーシングが国境を越えて域内に広がり、これが産業内貿易を膨らませた。

 

統一通貨、ユーロ(28カ国中19ヵ国で導入)の問題点

 ユーロ体制下では多国間協定で金融機関の資産状況を管理する体制を敷いているため、各国の金融機関はこれを遵守しようと財務体質には過敏。いったん事が起こると、欧州経済の信用収縮が増幅されやすい。

 ユーロ圏の中央銀行は国をまたがっているため、国情に応じたきめ細かい金融政策が難しく、財政政策と組み合わせた機動的な景気対策も取りにくい。

 

通貨に国の実力が反映されにくい。

 生産性の格差や財政共通化を棚上げにしたまま金融政策だけ一本化した。ユーロという通貨システムの設計に無理がある。

 ドイツにとってユーロは割安なレートになるし、ギリシアにとっては実力以上の水準に。通貨が持つ自動調節機能が減殺され、生産性が低くても一種の隔離状態のように温存されてしまう

 

英国が不満を募らせたEUのくびき

 

■『単一市場』の見返りに『移民の自由』を規定

英国は域内の国境審査を廃止した「シェンゲン協定」に加盟していない。しかし、EUは自由な移民の受け入れを基本原則として貫いており、英国も職を求める移民を拒めない。

■EU法とEUの財政構造(国家主権と財政負担)

英国内でEUへの不満が高まった要因として、EU法と財政負担が指摘されている。

EU法は原則として加盟国の国内法より優先される。例えば「労働時間指令」は週間労働時間の上限(時間外を含めて48時間)や年次有給休暇(4週間)などを定めている。食品や環境規制などの分野でも細かな規制、指令があり、これが英国人の感情を逆なで。

EU予算は原則、経済規模に応じて各国が負担。加盟国のインフラ整備などに充てる。14年に英国がEUに払った拠出金は約140億ユーロ(約1兆5600億円)。一方、英国への分配金は約70億ユーロと、純給付額が最大のポーランドに比べて半分以下だ。

160622 みずほ総研リサーチ

 

重大な選択を国民投票に委ねたキャメロン首相は無謀な賭けに負けた。

 保守党内の離脱派を抑え込む目的で、13年に国民投票の路線を打ち出した。

15年の総選挙での圧勝を受けて投票実施へ。

 16年2月には国民投票に備えて、EUとの協議した。一定の譲歩を取り付け、EU残留の条件を整えたはずだったが、結果は敗北。

 

EU法によると、

離脱国は通告から2年間経つと自動的に加盟国としての権利、義務を失う。 従って、2年内に離脱交渉がまとまらなければ、英国は各国と直接新たな交易交渉を結ばなければならなくなる。

 

メイ首相は16年中には離脱通告はしないと明言。

メイ氏は事前交渉を含め、「移民制限」と「EUの単一市場への参加」の両方を勝ち取りたい考え。だが「いいとこ取りは許さない」(メルケル独首相)というEUの硬い姿勢を突き崩すのは難しい。

 

EUに加入しないモデル

<ノルウェー方式>

★欧州経済領域(EEA)に加盟 メリット:物品やサービスを関税なしにEUと輸出入できる。人の移動は制限なし。 デメリット:EUの分担金や移民の受け入れ。

<スイス方式>

★EUと120以上の個別協定を結ぶ

メリット:一部を除く物品を自由に輸出入できる

デメリット:分担金、EU規制の受け入れ。金融サービスの取引は制限。人の移動制限なし。

<トルコ方式>

★EUと関税同盟

メリット:EUへの工業製品の輸出は関税ゼロ

デメリット:農産品やサービスの輸出は自由化の例外。人の移動の自由は制限あり。

<カナダ方式>

★自由貿易協定を結ぶ メリット:100%近い関税の撤廃率 デメリット:個別条件の積み上げで、交渉が10年単位になる可能性。人の移動は制限あり。

 

英EU離脱がもたらした不安は、リーマンショック時に似た円高を呼んでいる。

 投資家の不安心理が「安全通貨」としての円買いを誘い、日本経済の実体に関わりなく円高が進んでいる。

 今年年初、中国経済の成長鈍化、米金融緩和策の足踏みなどをきっかけに、それまでの円安基調が円高地合いへと転換した。英のEU離脱はこれに追い打ちをかける材料に。リーマン時のような深刻な金融リスクはまだ見られないが、先行きの不透明さに市場が過敏になってきている。